FC2ブログ
Welcome to my blog

健康とおひとりさま

kogikusinkiironame640.jpg


身体が元気な時は、独りでいても何でもできるから心細くはないが、少しでも体調がよろしくないと自信がなくなる。

夕べまともな食事を摂らずにビールの最小缶を一気に呑んだあとのこと――。

そのときネットの友がジャムの作り方教えてとメールが来たので教え、お悔みのメールが来ていたので返事のメールを書いていたときのことだ。
急にくるくるとまるで遊園地の回転椅子に乗っているかのように頭の中が回り始めた。

眩暈だ!と思う間もなく身体を動かすことも容易でなくなり、ゆっくり上向きに身体を横たえた。
上向きの姿勢は眩暈には良くないことはわかっているが、横向きになろうにもなれない。

すこし治まった所で体位を変え暫くしたら回るのがやんだ。

**
昼間布団を干した後、座敷に夜具を敷いていてよかったと思った。
犬のご飯を作って食べさせていたのも良かった。

お風呂には入らず早めに床に就いたが、眠たくはないので電燈を消して暗闇の中でじっと目をつぶっていた。
元気な時はこんな状態でいるのはもどかしいものだが、眩暈がおさまったというだけでほっとしていられた。

そしてつらつら考えた。

今後もっと年をとってこういう事態になったらどうすればいいのか…と。



いつも会っている友達のことを思い浮かべてみたが、それぞれに傍に連れ合いや子供や兄弟姉妹がいる人ばかりだ。
普段はそんなに意識していないけれど、傍に誰も助けてもらえる人がいないのは自分一人だということを改めて感じた。

主が死ぬ前後にも同じことを考えていたように思う。

でもあの時は自分が元気だったから、公的な援助の手続きをすることができて色々な人が出入りしてくれたので困らなかった。

**
いざ自分自身が病気になって何もできないときにはどうすればいいのだろうと色々思いを巡らした。

入院するとして、さて飼犬をどうしよう、動物病院へ預けに行ってくれる人はいない。

おとなしい犬なら誰かに頼めるが、トラジーは多分私以外の人間に素直に付いては行かないだろう。

都会に住む子供の家に連れて行くわけにもいかない。

老齢なのでそう長くは生きていないだろうが、生き物を飼うのは大変なことなのだと、厳しい顔をして言っていた主のことが思い出される。

トラジーは私と娘達がもらってきたので、そう言われる度に責められているような気がしていた。

たしかにそれはそうなのだが、今更どうこう言っても始まらない。


**
ここで反省することは、やはり食事をいい加減にしないようにせねば、と思う。

きのうは風邪気味のところ、畑の草抜きをしたあと堆肥を漉き込んだことを満足していたのだが、あれぐらいの労働が身体に無理だったのだろうか。
もしそうだとしたら情けないことだ。

きのうは海沿いの道を犬の散歩に行ったけれど、今日は勘弁してもらおう。
トラジーも諦めて玄関で静かにしている。


この間大風邪を引いたと電話してきた人に、やたらつっけんどんに応対したので電話を掛けてこなくなったが、こんな状態になると電話を掛けてくれればいいのにと思ったりする。

娘に話したら、勝手やなあ…と言っていた。

人は逆転もありうるので、やたらえらそうに物を言うものではないとまたまた反省。



スポンサーサイト

0 Comments

There are no comments yet.

Leave a comment