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平成まで生きた女医の生涯・9(最終章)

26章 美有と玲

孫の美有と玲は20代も半ばになった。
ミチは元気なとき、圭介にいつも言っていた。
「今でも目に浮かぶよ...あの子らが小さい時パタパタパタと足音を立てて、わたしの部屋に駆け込んで来てたのをね~」

ミチは小さい孫に向かってよく言ったものだ。
「お父さんを頼むよ」

       
孫達が大学へ入ってからは、ミチは年に数回しか顔を見ることができなかったが、夏と冬の休みには会いに帰ってくれた。それも束の間、あっという間にミチの元を去ってしまうけれど、そのわずかな思い出の中でミチは十分楽しむことができた。
ミチはふたりの孫に手紙を書いたり送り物をするのも楽しみの一つだった。

あるとき、ミチは圭介に言った。
「わたしは何が有り難いかって、この二人の可愛い孫を授かったことよ。優子さんと圭ちゃんには感謝しているよ」

*****


孫の幼い頃には、浴衣やウールで着物を縫うのを楽しみにしていたミチ。
学校に上がってからは、ちょっとおしゃれな洋服を見つけたら買ってしまうミチだった。
優子はミチ手作りの着物を着た美有と玲を、写真に撮ってアルバムに残している。


27章 家族の見守り

ミチの入院生活は6ヶ月間続いた。
圭介は時々帰ってきて母の傍に付き添った。
夜遅くに病院へ行ってみると、寒風が吹く夜に病室の窓が開けっぱなしになっていることがあった。完全看護とはいえ行き届かない面も多々あるので、圭介は家族の見守りが必要だとつくづく感じていた。

ミチは身体中の爛(ただ)れがあちこち増えていたのでこれまで、皮膚の治療としてステロイド2錠ずつが投与されていた。
ある日、圭介は担当の医師から、お話があります、と面会室に呼ばれた。
医師はミチの状態を説明した。
「皮膚の状態が悪いので検査をした結果、天疱瘡という皮膚病に罹っておられます。
この病気には大量のステロイドの投与が必要となります。この量のステロイドを続ければ抵抗力が非常に弱まるので、死期を早めることになります。でもステロイドの投与を中止すると、体中の皮膚の表面が剥げてしまうのです。ですから、病院としてはこのままの量のステロイドを投与するつもりなので、その覚悟をなさっていてください」

医師からの報告は以上のような内容であった。
圭介は≪来るべき運命≫として諦めざるを得なかった。


28章 いのち

時を同じくして、脳外科病棟に入院していた友人の父親がいた。
圭介と友人はお互いの病室を訪ねて、互いの親の病状を気遣い合っていた。暫く会う機会もなく過ぎていたが、友人の父親が肺炎になり肺が真っ白になっている状態まで悪化したので、ステロイドの治療を受けているというのを聞いた。
友人からそのことを聞いて数日後、その病室が急に慌しくなって不審に思っていた所、圭介は翌日看護婦から、亡くなったということを内密で知らされた。亡くなった患者は外部の者に気付かれないように、ひっそりと裏口から送り出される。その日の朝友人の父親の病室はすべての物が取り除かれ、空室になっていた。
時を置かずして、医師の言った通り、ミチの血圧が下がり始めた。
圭介は美有と玲に連絡を入れた。

家族四人で、ミチを見守る、長い時間が昼から夜に移った。
――長い長い夜だった。

静かに...一呼吸ごとに、息が遅くなっていく。
病室とナースセンターとの連携プレーが激しく行き交った。

ミチが家族に見守られて静かに息をひきとったのは、極寒2月の暁の刻だった。
ミチの身体看護婦によって清められ、手足を縛られて、人知れず病院の一階の裏口に運ばれた。担当の医師と看護婦達が並んで見送る中、ミチは圭介の運転する車で家路へと向かった。


最終章・回想

あれから何年経っただろう。

圭介は独り、山の上にあるミチの墓の前に佇んでいた。
母と暮らした日のことが、ついこの間のことのように思われた。

圭介を見つめる母の毀れるように優しいまなざし。
どんな時でも、何も言わずに受け入れてくれた母。

ミチは圭介の為にだけ生きた女性(ひと)だった。
いま母の一生を思うとき、圭介はそんな風に思えた。


――
≪圭ちゃん、頑張るんだよ。優子さんと仲良く暮らしてね――≫
そう呼びかける母の声が聞こえるような気がした。

山の坂を下りながら、圭介はつぶやいた。
≪おかあさん、ありがとう。僕は幸せだよ。おかあさんの子供に生まれて~≫

爽やかな風が圭介の頬をそっと撫でて通りすぎた。

―圭ちゃん、さようなら―
あれは、風の囁きだったのだろうか。



       


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