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私には見える風景

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暦の上では春。四国の南の地方には暦の上だけでなく、まさしく春が来ている。
雨が降る日には寒くて厚手のコートと毛糸の帽子、マフラーを巻いて出かけるが、軒並みに咲いている白と紅の梅の花は爛漫と咲き誇っている。

うちの庭の梅三本の花も満開で、今日は雨に濡れている。

剪定師が枝の先を切って築山の木のように形を整えているが、私はこういう切り方は好きではない。

枝の先が自由に伸びて自然な感じで咲いている梅の花のほうがどれほど風流かと思うのだが、前にこちらの希望を言っていたはずなのにこういう切り方をしている。

請負先により家主の好みはそれぞれ違うのだろうが、私は田舎に育っているのでのびのびと育っている庭木を見てきた。


生家には牡丹桜があって、子供のころはその木に登って遊んでいた。

登った木は数知れない。

裏の畑には柿の木と枇杷の木が数本ずつあって、おやつは木から採ってきて食べるものと思っていた。

筍が生える竹藪までの細い道には栗の木と大きな山桃の木があって、水道のなかった時代に使われていた井戸の傍には芭蕉も数本生えていた。

細い水路を隔てて一段毎に高くなっている畑には作物は作られておらず、文旦と温州ミカンと八朔が生っていたのが目に浮かぶ。

スリムで背高のっぽの夏目という小さな果物の木があって、たいして美味しいものではなかったが、それが妙に懐かしくて後々までも夏目の木を探している自分がいたような気がする。

私がお茶の花が好きになったのは、この裏山への道に入ってすぐのところに一本のお茶の木があって、初秋になると花が咲くとうれしかったので、それが頭にインプットされたのだろう。


現在の住居に来て造園を依頼したとき、庭の間仕切りに背の低いお茶の木を何メートルか植えてもらった。
最初はきれいに勢ぞろいしていたお茶の木も今は歯抜けになってはいるが、秋の訪れを知るのはお茶の花が咲き始めたときだ。


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街に住むようになって、柿と筍を買うようになったときすごくショックを受けた。
お金を出して柿を買うなんて……、というショックだ。

それにうちの竹藪には評判の美味しい筍が生えていたので、このことも残念ではある。
太くで短い脚のような白い柔らかな筍だった。


主が養子に来てからは、筍が出る時期になると、出勤前に筍を掘り部落の集荷場までリヤカーで運んでいた。
毎春10万円ぐらいの収入があり、それは生活費の足しになった。

生家の庭木はほとんど現在の邸内に移植されたが、山桃だけは大きすぎて費用が云十万かかるというので、もし枯れたらもったいないからと、造園さんにあげた。
今造園さんの屋敷の入り口に立っている山桃の木は多分、うちの裏山に生えていた木だと思う。

山桃は白い実のと赤い実があるが、白い実の方が大きくて甘味が強い。
毎年山桃が生るころには庭から見える山桃のあたりが騒々しくなっていて、叔父がイライラしていたのを思い出す。

今は無くなった生家の家や裏山だが、目を閉じるとはっきり思い出す。

現在は生家の裏から竹藪のあたりまではゴルフ練習場になっている。

代々飼っていた犬はみな山に埋められている。

哀切を繰り返しながら、そう思う自分もまたいなくなるのだろう。

すべてのものが生れたり消えたりして、命はつながれて行く。





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