
いよいよ明日娘の一人とその子供(孫)がこちらにやってくる。
道で出合う人もネットでのコメントでも皆さんおっしゃる、「お孫さん帰ってくるのでしょ、楽しみですね」と……。
でも今年はちょっと別の感じもある。
ここのところの安穏な自分の時間、世間並みにみれば休養とも思えるゆっくりした時間の流れ……。
――私は今、歓びや快楽よりも、安息を求めている。
誰にも侵されない自由な解放感を味わっている毎日……。
それがたとえうれしいことで破られたとしても、ちょっぴりびびるのだ。
勿論怠けた生活をしているわけではない。
朝は定刻に起床、NHKの朝ドラを観たあとは前夜に作り置きしている飼犬のトラジーにご飯をやる。
それからゆっくり自分の食事をバランスを考えて作ったり取り合わせたりして食する。
そして洗濯その他、家事諸々をすこし……。
ぽかぽかお日さまが出ているときには、庭にある物干し竿に目いっぱいの布団を干す。
天気が良い日にはトラジーと海辺の道を40分ほど散歩する。
自分の為にも良いことなのだけど、これはもっぱらトラジーへのサービスの義務感からやっていること。
犬の散歩と自分自身の散歩とはちょっと別物だが、でもトラジーがいなかったらこう毎日定期的には歩かないだろうなとは思う。
**
で、明日からこの毎日のサイクルがくるっと変わってしまうということだ。
朝は早くから自分一人が起きて食事の支度をする。
だらだらと遅く起きてくる子らのために美味しい物を作る。
ぐちゃぐちゃの寝床を自分が片付けたほうが早いのだけど、それは甘やかしすぎと思い、さりげなく「布団片付けてね」と毎日のように促す。
洗濯物は三倍に膨れ上がる。
孫は用意している朝食には目もくれずきっとテレビを見るだろう。
ご飯食べなさい!とママのヒステリックな声が飛ぶ。
待ってよ、ちょっとこれ見てから……、と寝起きでかすれた声を張り上げて懇願するように孫は言う(だろう)。
私も内心イライラ……イライラ……(するだろう)。
あったかいスープもご飯も冷めちゃうのになーー、がっかりしながら見てみぬふりをするのも結構なエネルギーだ。
やっと食事が終わると私は洗濯やら片付けやら……。
「ごめんね、浸け置き洗いするほうが落ちやすいから」と洗い物をしないことを言い分けのように言う娘。
「いいのよ、あんたは普段仕事で疲れてるんだから……」と私は必ずそう言うに決まってる。
**
暫くすると、「どこか行こうか」となる。
もし行くとすれば…………、ああ…大変だぁ~~
――とまあ、こんなことを想定していたら疲れてしまった。
こんな感じになるかもしれないし、ならないかもしれないのに。
トラウマとはそういうものだ。
今日は初雪?ごくごく淡い雪がふわりふわりと落ちている。
玄関の前のダイダイや檸檬も綿帽子を被っている。
ひとりでも結構これから買い物の準備もあるので外出の予定がある。
今日もすこしだけがんばろう。
スポンサーサイト