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2014. 02. 28  
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「時空モノガタリ」のコンテストテーマ『勇気』に投稿した作品です。
(文字制限2000文字)


「このあいだのことなんだけどね」
沙織は思い出したように唐突に言い、更に続けた。
「あのとき明ちゃんが言ったじゃない?独りっ子は人間じゃないって。私、そういうこと平気で言う者のほうがおかしいと思うのよ」

「そうねぇ。彼女は自分の旦那さんのことを言ったつもりだって後から慌ててフォローしてたみたいだけど」
 夢子は沙織の言葉に同意して頷きながら、あのとき明ちゃんが言ったことは誰よりも覚えているよと内心思っていた。ぐさっとくるほどのショックではなかったけれど、自分も独りっ子だから明ちゃんの言葉に良い気はしていなかった。

 明ちゃんはいつもどきっとするようなことを平気で口にする。夢子も彼女の言葉に不快な思いをしたことが何度かあった。 でも夢子は明ちゃんがそんな人だと思っていたから、彼女が言うことを良いとか悪いとか話題にする域には捉えていなかったのだ。


 夢子は他の場でもたまに人前でふいを突っつかれることがあった。
 誰かが夢子にからかい半分で何か言ったとき、周りはなんとなくしらっとした雰囲気が流れ、誰もそのことに関しては口を挟まないのだ。

 時々そういういやな思いをするので、夢子はグループの付き合いには参加するのを避けるようになった。

 家に帰ってその話をすれば慰められるどころか、「きみはいじめを受けやすいタイプだからな」とけんもほろろなのだ。


 別のグループでは、俊子さんがいつもいう。
「夢ちゃんはほんとに独りっ子って感じね。うちの息子も独りっ子だけど……」
 俊子さんのことを夢子は良い人だと思っていて心許していると、時々プライバシーに侵入しちくっとやられる。

「……ってことはどんないみですか」
「まあ、裏表がないというか……、それにちょっとわがままかな」

 そんなふうに言われても、いつの場合だって夢子は反論することもせず聞き流しているのだ。テーブルを囲んでいるあとの四人は黙ってふたりの問答を聞いている。


 夢子は付き合う友達みんなのことを尊敬していた。
 自分よりはるかにしっかり者でどっしりかまえていると思っているからだ。……というより、みんな他人からつっこまれる隙のないほど身構えている人たちばかりのような気がしていた。

 それにしても……、と夢子はときどき思うのだ。
 どうしてあの時なにも言わずに、後になって明ちゃんの言ったことおかしかったと批判するのだろう。そのとき本人に向けて自分の考えを言うのがまずいと思ったのだろうか。

 あの場にいた六人の内、何人が明ちゃんの言葉を批判していたのだろう。
 みんなその場のボス的存在の言うことに物申すことは避けてんだ。自分にその矛先が向けられるのを怖がってるんだ。


 夢子は世の中の人達が自分を良く見せたり、他からやられたりしないようにということばかりに意識を向けているのが無性にいやだった。

 その場のみなと異なる意見を持つ人へ加担すると周りの人に何と思われるか、そんなことをしていると他人から仲間はずれにされるのではないかということばかりを考えている。


 夢子が在籍しているグループはいくつかあったが、その中でもそれと同じことはあった。
たしかに誰もが納得すること、もしくはボス的なひとに追従する発言をしていればなんの被害も受けなくて済む。
 「寄らば大樹の陰」……ということか。

 良いものは良い。
 でもそれを良いと決めるのは誰なのだろう。わずか数名の場で、たとえあとのほとんどが別の意見であったとしても、それは比率だけの問題であって、果たしてそれが絶対値だといえるのだろうか。

 人が嫌ったり批判していることはどこかおかしな所があるかもしれない。だが考えようによってはその中にも真実があるかもしれないし、その中にこそ妥協しない得難いものが含蓄されているかもしれない。


 これまで夢子は弱者に加担することへの恐れを感じたことはなかった。むしろ狭い社会で天狗になっている者への不快感のほうが強かった。

 ――赤信号みんなで渡れば怖くない
とかなんとか、それは結局世の中への追従を認めているようなもの。



 夢子が自分自身の夢を見るようになったのはそれから数年経っていた。
 何度となく誘われもしたが、自分の個性がまかり通らない場へ行くことは決してなかった。
 
 自分の夢を描くことが執筆することによって叶えられると知ったのもその頃だった。
その世界では誰にも追従することなく、どんな夢でも構築できる。
夢子は勇気をもらった。
 自分自身を表現する手段を得ることによって、どの世界にも足を踏み入れられるという自信……。

 夢子は今はもう単なる夢を見ているのではなく、地に足をつけて胸を張って堂々と歩いているのだ。


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2014. 02. 25  
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http://www.flickr.com/Yu*Ri's photostream


この間まで部屋から外に出ると寒くて閉じこもりがちだった。
犬の散歩も温かい時間帯を選んでほんの30分ぐらいで急いで帰り、ストーブを入れた温かい部屋でたいして動きもせず過ごしていた。

このところ急に温かくなって、今日は午後六時になっても暗くならずいかにも春の宵のような心地よい感じだった。
で、トラがやたら大きな声で泣くので、初めて午後の二回目の散歩をした。

街の中の舗装の道路は車の往来にばかり気をつけて歩くのでちっとも楽しくはないが、私のもっとも憂鬱になる時間帯に外を歩くというのは、魔の時間を避ける意味でもいいのではないかなと思った。


寒さが遠のいたら昼間の時間を戸外に移すことばかりを考えている。
庭仕事もあるし、周辺の散歩もできる。
車に乗れば海に山に野辺に……と自然はいくらでもある。

温かい日ばかりが続きはしないだろうから、せめて太陽が燦々と照っている日だけでも希望を叶えようと思う。

人を誘えば車の中でも買い物中も食堂でも話しをしなきゃいけないので落ち着かず、いつも何をしたのかわからぬような感じで帰ってくる。
ましてや私は運転手でもあるのだから、ただ乗っていてお喋りするだけの者との体力の消耗は三倍ぐらいだから疲れてぐったりして帰ることになる。
乗せてもらったひとは喜びうれしそうだが、私の目的はちょっと違うということに気がついた。

もうちょっと本質的なアウトドアを味わうには一人に限る。

でも今日はひょんなことを思いついた。
車にトラジーを乗せてあまり人のいない場所まで行って、そこを歩くのはどうだろう……なんて。

三月ともなれば田んぼも少しずつ野草が生えているかもしれないし、知らない道をのんびり歩くのもいいのじゃないかな。


2014. 02. 23  
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昼下がりに犬を連れて散歩をする。
前方に見上げる山々は七重とも八重とも見えて、一番高い頂にはまだ残雪がある。


濃い緑の中に萌えるような黄味を帯びた箇所がいくつかあるが、それは竹やぶ。

「二月竹秋麦裸(二月たけあきむぎはだか)」という言葉をよく聞かされたものだ。

その度に忘れて意味を尋ねたものだが、「竹秋」というのは、この時期竹が黄緑色に萌えてまるで秋のようだという意味らしい。
「麦裸」は麦が育つ五月頃は裸になれるほど暑い日がある、ということだそうだ。


なにせ南の海岸で育った者はなにやかやと言い伝えを知っていたようで、この時期になると年寄りからそんな言葉を聞かされて育ったのだろう。



今の時期、山の枯れ木のように見える部分は山桜で、あと一か月もすれば咲いてその部分が白く見えるが、遠くから見るとまことにさびしい色合いで、まるで山が白髪になったように思う。

四国の雑木の山は大半を占めるぐらい山桜が多い。
その時期に山に登ることはないので間近に見たことはないがさぞきれいだろう。

桜は山桜が一番風情がある。
すこし赤みを帯びた葉にちらちらと小さな桜が咲いている様はえもいわれぬ美しさだ。

山桜を守リ育てている吉野山の山守がインタビューで染井吉野のことをひどく腐していた。


我が家には桜の木が二本あるが残念ながら染井吉野と牡丹桜だ。
庭で花見をするには染井吉野は華やかでそれはそれなりにいいものだ。

三月の終わりごろから我が県から桜前線が走り始めるが、ひとあし先に山桜は山でひっそりと開花しているだろう。






2014. 02. 22  
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携帯撮影



小高い山の公園からすこし下りると
谷間がある
予定通りやはり今年も咲いていた

まひるまの光が何パーセントか
薄まって
まだ固い蕾をつけた桜の木々の
その中央には
まるで竜宮城のように
華やかな紅と白の梅の花が
爛漫と咲いている

ほとんど人を見ない
しんとした空間で
ひとり花見を味わう醍醐味
待ち侘びて毎年来るこの場所

花見をしながら
途中で買ったおにぎり弁当をたべた

ゆっくり流れる時間を
急かす何者もいないわけだし

おしゃべりしない
とっても好い日

坂道の地面に刺された木札には
「いのししが出たことがあるのでお気をつけください」
と記されていた




2014. 02. 20  
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http://www.flickr.com/photos/cubagallery/


願ってもいないことを
また口にする

負の思考だねと
貴方が笑って言う

そういう貴方が
大好きで
そんな悪戯を
何度も繰り返す

言葉にしたことは
ほんとうになると
貴方が言ったから

そんなわるい癖
止めたらいいのにと
自分に言い聞かせても
いじわるできかん坊な
もうひとりの自分が
そう言わせてるんだ