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2013. 12. 28  
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いよいよ明日娘の一人とその子供(孫)がこちらにやってくる。

道で出合う人もネットでのコメントでも皆さんおっしゃる、「お孫さん帰ってくるのでしょ、楽しみですね」と……。

でも今年はちょっと別の感じもある。

ここのところの安穏な自分の時間、世間並みにみれば休養とも思えるゆっくりした時間の流れ……。


――私は今、歓びや快楽よりも、安息を求めている。

誰にも侵されない自由な解放感を味わっている毎日……。

それがたとえうれしいことで破られたとしても、ちょっぴりびびるのだ。

勿論怠けた生活をしているわけではない。


朝は定刻に起床、NHKの朝ドラを観たあとは前夜に作り置きしている飼犬のトラジーにご飯をやる。
それからゆっくり自分の食事をバランスを考えて作ったり取り合わせたりして食する。

そして洗濯その他、家事諸々をすこし……。

ぽかぽかお日さまが出ているときには、庭にある物干し竿に目いっぱいの布団を干す。

天気が良い日にはトラジーと海辺の道を40分ほど散歩する。
自分の為にも良いことなのだけど、これはもっぱらトラジーへのサービスの義務感からやっていること。
犬の散歩と自分自身の散歩とはちょっと別物だが、でもトラジーがいなかったらこう毎日定期的には歩かないだろうなとは思う。


**
で、明日からこの毎日のサイクルがくるっと変わってしまうということだ。

朝は早くから自分一人が起きて食事の支度をする。
だらだらと遅く起きてくる子らのために美味しい物を作る。

ぐちゃぐちゃの寝床を自分が片付けたほうが早いのだけど、それは甘やかしすぎと思い、さりげなく「布団片付けてね」と毎日のように促す。

洗濯物は三倍に膨れ上がる。

孫は用意している朝食には目もくれずきっとテレビを見るだろう。

ご飯食べなさい!とママのヒステリックな声が飛ぶ。

待ってよ、ちょっとこれ見てから……、と寝起きでかすれた声を張り上げて懇願するように孫は言う(だろう)。
私も内心イライラ……イライラ……(するだろう)。

あったかいスープもご飯も冷めちゃうのになーー、がっかりしながら見てみぬふりをするのも結構なエネルギーだ。


やっと食事が終わると私は洗濯やら片付けやら……。

「ごめんね、浸け置き洗いするほうが落ちやすいから」と洗い物をしないことを言い分けのように言う娘。

「いいのよ、あんたは普段仕事で疲れてるんだから……」と私は必ずそう言うに決まってる。



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暫くすると、「どこか行こうか」となる。
もし行くとすれば…………、ああ…大変だぁ~~


――とまあ、こんなことを想定していたら疲れてしまった。

こんな感じになるかもしれないし、ならないかもしれないのに。

トラウマとはそういうものだ。



今日は初雪?ごくごく淡い雪がふわりふわりと落ちている。

玄関の前のダイダイや檸檬も綿帽子を被っている。

ひとりでも結構これから買い物の準備もあるので外出の予定がある。

今日もすこしだけがんばろう。





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2013. 12. 25  
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三日続いて好い天気。
お墓へ行かなければと思いながら、あの急な坂のことを思うと億劫で一日一日と先延ばしになっている。

即実行型の私としては珍しい。

きっと山の上から、早く来んかい!と言ってるだろう。

お花を持って坂を上がるのは一人では大変なので、29日に子供らが帰った時に一緒に行ってもらうつもりだが、落ちた枯葉が溜まっているので掃除はしておかないと。

シルバーセンターには早くから予約しておかないと間に合わないというのはお盆の時に知った。
夏の暑い時には大変だから来年の夏はそうしようと思う。


**
夕べはとても焦っている夢を見た。

私は中学生ぐらいに逆戻りしていたが、そういう夢は初めてだった。

別にそれらしきドラマを観たわけではないのにどういうことだろう。

学校へ行くのに試験かなにかでとても焦って制服を着ている夢だった。
目が覚めて暫くはなんともいえない気分の悪さを感じた。

いつももう一度若い時に戻ることができればあれもこれもしたいと思うが、若ければそれなりにいっぱい大変なことがあるだろうと、目が覚めて今ののんびりした暮らしのほうがよっぽどいいなと、その状況ではないことにほっとした。


**
こんなに好い天気の日には家の中にいるのはもったいないなと、ちょっと車でお出かけ。
きのうは北方面のスーパーへ行ったので、今日は南のホームセンターへ。

靴箱の上に置く鉢植えを買おうと思って出かけたが、花は結局買わず、座布団を三枚買った。
座布団というものも何年か経つと煎餅布団みたいに痩せるので、冬は寒い。

パソコンの椅子用にも一枚買った。
お尻がフィットするように二つ縦長の穴が開いていて、「深く座って姿勢をキープ」というキャッチフレーズ。
低反発ウレタンチップ入り。
綿入りも一枚買った。

どれにしようかなと思う時にはどれも買うことにしている。

これ美味しいでしょうか、と人に聞いている人がいるが、両方買って食べてみるのが一番わかりやすい。


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空豆の芽がほんの少し青みを見せている。

裏の家は大根やら葉物がふさふさと生えておいしそうだが、どうやったらこの時期にあんなに育つのだろう。
うちでも9月末に種を蒔いたのに、芽が出ていつのまにか全部消えていた。
毎日丁寧に柔らかい水圧で蒔き水したらよかったのかな。
来年は気をつけよう。

2013. 12. 23  
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朝から好いお天気だったので家仕事をし、午後からは家から庭へ出たり入ったり……。
犬は終日桜の木の下で居眠り状態で夕方まで過ごした。

世間ではクリスマスが近づくとお正月前の賑やかな日がいっときやってくる。
日本人ほど信仰心がない国民はないねぇ、と夕べの電話で友人は言った。

そうだ、このクリスマス騒ぎでクリスマスの意義を心得ている者がどれぐらいいるだろう。

そういう中で育つ次世代の子供らは、クリスマスとはプレゼントがもらえるとき、デコレーションケーキが食べれるとき、またはもしかしてパーティをするとき……、と勘違いしているだろう。

そしてお正月が来ると、お年玉がもらえるとき、正月休みでパパやママがどこかへ連れてってくれるとき、パパやママの実家に行って爺婆に会えるとき……、ということになるだろう。


**
今日は久しぶりにSNSに日記を書いた。
そして他の人の日記やブログも読んだ。

うちはツリーは飾らないけど、ブログで目を見張るようなイルミの写真をいくつも見ることができて、それだけで華やかな雰囲気は充分味わえた。
夜の煌びやかな光系の写真を撮ったことはないので、どんなにしたら撮れるのだろうかと思って見た。
私は月の写真でさえ巧く撮れないのだから……。


私の書いた日記へのコメントのつもりだろうが、日記にコメントをしてきたことのない人からメールが来た。
家内と○○神社へお参りしてきました。今後ともよろしく……、とただそれだけのメールだ。
それがなにか?という感じだが、メールとなれば、そういうメールにはどうぞよいお年をと返信するしかない。
家内安全は大事だが、殊更家内家内と他人にメールしてくることもないだろうに。


お正月の準備の日記もあった。
娘らがこれこれしかじか送ってきて、整えた物はこれこれしかじか……。
ほう……、お正月の準備万端整いましたな、とロムでスルー。
自宅の食卓もそう事細かく披露しなくてもいいと思うけど。


**
世の中には今を苦しんで過ごしている人たちが想像できないほといるんだろうなと、主が入院していた総合病院のことを思い浮かべた。
自分は楽しいことはこれと言ってないけど、温かい部屋で何の心配事もなく過ごせることを感謝しなくてはなるまい。
欲を言えば切りがない。

風邪が大分よくなったと言う友人が、ひとりで正月を過ごすことを想った。
遠くにいる子供達も何ごともなくあれと祈る。

明日晴れていたら、山のお墓の枯葉を掻きに行ければいいなと思っている。
坂を上がるのも夏よりは今のほうが大変ではない。

2013. 12. 22  
武子がその電話を受けたのは平成24年の七月のことだった。
事は、同級生の冨士夫が君の家に行ってもいいかとメールが来て、その日の午後立ち寄ったことに始まる。
 
 冨士夫はこれまで二年毎に催される同級会で顔を合わせても、兄貴に悪いからと武子に近づいてこなかったが、武子の夫が亡くなってからは時々メールをしてくるようになっていた。

「兄貴が病院に入院してるんだ。武子の家と近いと思ってさ、思い切って寄らせてもらったんだよ」冨士夫は武子の家に着くなりすぐにそう言った。
「お兄さん、どこが悪いの?」
家のすぐ傍の病院にあの人が入院しているなんて……、武子は冨士夫の告げる思いがけないニュースを聞いて、これまで自分とはもう無縁の、遠くに霞む存在がすぐ眼の前に現れたような錯覚を覚えた。
「命に別状はないらしいんだけど、骨が悪いんだって。相当痛むらしいよ」
「骨って……、どこの?」
「股関節だよ」

 
 武子が冨士夫の兄秀隆と出会ったのは20歳の時だった…30年前に武子の元から姿を消したあのとき。それ以来ずっと秀隆の面影は武子の胸の中では消えずにいたのだ。
 武子は一目だけでもいいから会いたいという気持が募ってきた。病院に行くわけにもいかない。奥さんがせっせと病院に通って世話をしてるんだろうな。冨士夫が帰りの電車の中から寄こしたメールによると、病院に寄った時奥さんが来ていたということだ。

 武子は秀隆の奥さんの顔を知っていた。目鼻のはっきりした腰の低くそうな女性で、自分とはおよそ別のタイプのような気がしていた。武子は初めてその奥さんを見かけたとき、世界中で一番幸せな女性だとさえ思ったものだ。

「兄貴には武子の電話番号を知らせたからもしかして電話があるかもしれないよ。でも僕がここへ来たこと黙っていてくれよな」と言ったことと、「兄貴には会わないほうがいいよ。昔とは全く別人なんだよ。武子が会ったらきっとがっかりすると思う…」
 武子は得意げに何度もそう言う冨士夫の言葉を思い出していた。

 
 八月に入ると、朝起きてすぐエアコンの冷房を入れ、夜が更けて熱気が冷めるまでずっとその冷気の中で過ごさずにはいられない猛暑の日が続いた。
お盆に合わせて娘が孫を連れて里帰りしてきた。武子にとってたった一人しかいない小1の孫は、目に入れても痛くないほど可愛くてたまらない。まだババと言われるには若い武子だが、孫がババ、ババとまとわりついてくるとうれしくて目じりが下がってしまうのだ。
 夏休みで武子の家に滞在している間は、毎日プールに行くのが日課になっていた。武子も水着に着替え一緒に子供用のプールに入って監視役をつとめた。そんな日が二週間ほど続いて、学校が始まる二三日前に孫は娘に連れられて帰っていった。

 
 ひとり取り残されて武子の心はぽっかり穴が開いたような気分だった。朝早くから庭の木立から耳をつんざくようなミンミン蝉の声が洪水のように流れてくる。
お盆が近づくと友達の家にも遠くにいる家族が帰ってきて忙しいらしく彼女らに暫く会っていない。時々カフェでお茶している比呂子は今年も年老いた主人に付いて北海道で避暑をしまだ帰っていないらしい。


 そんな日の午前中。リリーン……突然パソコンデスクの横に置いてある電話の子機が音高く鳴った。
「もしもし……」待っていたかのような声が電話口から流れた。
「あ、秀隆さんね……」武子はすぐにその声の主がわかった。あの時とちっとも変らない、まるで喉越しを通るソーダ水のように快い声だ。
「おー、そうだ」まるで昨日別れたばかりのようなその応答に、武子は少し戸惑った。秀隆は続けて言った。
「かけようかどうしようかと随分迷ったんだよ。病院からすぐだね、知らなかったよ」
冨士夫から聞いていたので、秀隆の年老いた様を想像はしたものの、どんな姿になっていたとしても一目会いたいと武子は思った。


 秀隆から電話があった数日後、冨士夫からメールがきた。メールには八月末にもう一度病院へ行くのでその時立ち寄ってもいいかというものだった。
武子は冨士夫のそのメールに返信をした。『もうメールの返事はできません。ごめんね』
八月の武子の誕生日を待って、冨士夫から最後のメールが来た。
――お誕生日おめでとう。これから楽しい人生を送ってくださいね――。

冨士夫が武子の家に来たすぐあとの同級会に、冨士夫は出席しなかった。



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この物語は小説投稿サイト「時空モノガタリ」に投稿した作品です。文字制限が2000文字となっています。

2013. 12. 20