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2013. 06. 29  
群青7月の課題
漢字一文字【 風】をテーマに書いた作品

わたしは目には見えない風の感触が好きだった。
これまでの人生、風はどこかから私の心の中に吹いてきて、なにかしら溢れる光みたいなものをくれた。

それは何がどうしたとか、誰かが何をしてくれたとかという域を越えた自分自身の内部から湧き出る希望のようにも思えた……。

その風はどういう状況のとき吹いたのだろう。
風が見えないように、自分の心の中も見えなかった。

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風の感触を感じるのは若い頃からずっと続いた。
大抵はひとりでいることの方が多かったわたしはその風によって支えられ、生きてきた時代の一区切りずつをどうにか通り抜けてこられたように思う。

病み上がりで大学に入学した人生の遅い春。
厳しい環境の学生生活の四年間、それでも私の心の中にはいつも風が吹き込んでいて、その心地よい感触を感じながら未来に向かって歩む気力が保たれていた。
弱い身体に鞭打って、翌日の授業の予習をする為にひとり机に向かっているときも、どこからか吹いてくるやさしい風に孤独を癒されていた。

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結婚したり出産した二十代の頃は、幸せな環境を意識することもなく不平不満を感じ、家族の中で自分ひとりが鬼とも蛇ともなり喚いていた。

そんな精神状態のとき、どこからか風が吹いてきて幸せをしみじみ味わう一瞬があった。
それは目には見えない自身の内面からの心意気のようなものであり、決して現実生活への満足感からではなかった。

――どんな苦しい状況にあっても私は風が運んでくれる喜びを感じていたのだ。
――若いということは何と素晴らしいことだろう。

はたして風は若かった自分にだけ吹いてくれたのだろうか。

たしかに若い自分には未来への夢があった……、それは確かなものではなくて、漠然とした今という時の向こう側にある自分へと、追い風が私を後押ししてくれたのだろう。


いま、わたしの心の中に風が吹くとき、未来への夢に向かう追い風とは感じられない。
敢えて風を感じるとすれば、安らかな老後を願う自分自身を慰めてくれる静かで穏やかな風のような気がする。



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2013. 06. 13  
群青6月の課題
漢字一文字【 慈】をテーマに書いた作品

人は現実の日常生活の場で、或いはバーチャルの場で、いろいろな人と出会う。そして、それぞれの触れ合いの中で、小さな愛を感じる。
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その身近なものは同性との友情。
――もちつもたれつ、困ったことなど話したり、他愛のないお喋りで鬱憤を晴らし、その中で助け合いの気持が生れる。
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異性間ではその愛が恋愛感情に陥らないように、一線を引いて身を正し、馴れ合いの言葉を控え、品位のある交流を心がける。
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わが愛する幼き子には、むしろいたわしい感情が湧き、この小さな命が無事に未来への人生行路を歩いて欲しいと願い、いつまでも寄り添ってやれないことを嘆いたりする。
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病を抱え老い先短い者に対しては、これまでのいきさつもあり、同じように我儘に振る舞ったり冷たい言葉を発したりして、これまでと同じように扱ってしまう。

だが、その者が力尽きてこの世を去った途端、こんなはずじゃなかった、いつまでも一緒に居られると思っていた……、などと、そう思ってしていた自分の仕打ちを嘆き、悔やみ、果てはこうなるのならいっそのこと自分も一緒に付いて行きたかったと……、絶対に叶わぬことをふと考えたりする。

*
不愉快な友人は自分の傍から消えて欲しいと思ったことがある。
しかし、その者がこの世からいなくなったとき、やはり悔やむのだ。

何故あのような些細な言葉に腹を立てたのか、優しくしてあげればあんな亀裂は起きなかっただろうに……と。


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絶えず後ろを振り返りながら、慈愛にも似た感情を抱き続けている者たちのなんと多いことだろう。

この愛を過去のこととはせず、いま現在のこととし、目の前の者を愛する努力をすればいいものを、やはり愛が深ければ、人間的に恋情を抱いたり、憎んだり、悲しんだりして、もっとも大切にすべき人の愛……「慈愛」という心境に辿り着くことを諦めてしまう。

この人間の性(さが)ともいうべき感情は、努力なしでは*慈愛…には辿りつけないものなのか。