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折々の記

archive: 2012年08月  1/4

楢山節考を見て母を思う

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最近昔の邦画がテレビで次々放映されるようになったのでよく観るようになった。その一つ、「楢山節考」は二度も見た。見えないほど霧で霞んだ山深くを老母を背負って上って行く息子・・今の世の中では考えられないような口減らしの為に、育ててくれた親が70歳になった時、山へ捨てに行くという事実が本当に日本にあったのだろうか。息子は行き着いた先に母親を置いて、うしろを振り返らず泣きながら山を下りて行く。何と哀しいこ...

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立ち上がる

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人は生きている限り突然思いがけないことに直面する。その直後は面食らって何をどうしていいか分からず、傍にいる人に取り縋ってみたりそれが駄目なら内に篭って出られなくなったりする。 どうにもならないから打ちのめされているのであって、誰かが手を差し伸べてどうにかなるぐらいならとっくの昔に見通しが付いているはずだ。 結局ある時自分がしっかりしなきゃという諦めが決意となって、他者に助けを求めていた気持ちを自分...

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呉越同舟

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その1うちほど仲の悪い同居人はいないのではなかろうか。呉越同舟その名の通り、昔から喧嘩ばかりしていた。喧嘩しながら子育てをしたのだから子供はすくすくと育つわけもない。それはおまえのせいだと叉喧嘩が始まる、というか、もうこの時点では一人相撲のようなもので何があっても、《おまえが悪い》の一言で家の中は大荒れ・・・一人は荒れるは、一人は避難するわでまさに戦時中のようなもの。そして育った娘達。『お父さんと...

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平成まで生きた女医の生涯・9(最終章)

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26章 美有と玲孫の美有と玲は20代も半ばになった。ミチは元気なとき、圭介にいつも言っていた。「今でも目に浮かぶよ...あの子らが小さい時パタパタパタと足音を立てて、わたしの部屋に駆け込んで来てたのをね~」ミチは小さい孫に向かってよく言ったものだ。「お父さんを頼むよ」       孫達が大学へ入ってからは、ミチは年に数回しか顔を見ることができなかったが、夏と冬の休みには会いに帰ってくれた。それも束の...

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平成まで生きた女医の生涯・8

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23章 晩年ミチは圭介が留学を終えてドイツから帰るのを楽しみにして暮らしていた。二年後啓介は帰国して、母校の大学で教鞭をとることになった。この先ずっと大学で研鑽を積み不動の地位を積み上げていくことになったのである。圭介が結婚し孫が生まれた頃には、ミチは70代になり仕事を退いていた。圭介の結婚相手は大学時代に知り合った音楽大学出身の女性で、ミチの若い頃の面影によく似ていたこともあって、好意を持ち付き...

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