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折々の記

その日の気分を雑文としてしたためる。

人の一生

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最近腰痛で苦しんだせいか、来し方や行く末にいつも思いを巡らせている。
どんな人間にも若い時があり、次第に弱っていく。

特に印象的なのは母と夫の末期の状態だ。
母は私を育て、私が20代に長い病気をしたときには、昼になると仕事先から様子を見に帰っていた。
その後もずっと色々なことをしてくれた。

そして90代になった時、身体はやせ衰え、庭を歩くのもままならないようだった。
幸い自分が医師なので繋がりのある先生の医院へ入退院を繰り返し、往診をしてもらったこともあった。

夫も私の家に来た時はノイローゼ状態だったが、
次第に回復して無事定年まで給料をもらって私や子供を養ってくれた。

子供が小さいときは四人でよく海水浴にも行ったり、
子供が小学生から中学にかけて学校へ行かなくなったときも
夫がいたから私もどうにか乗り越えることができた。

借家を建てて副収入の道も考えてくれたり
私の一家の大黒柱として59歳まで立派に生活していた。

59歳になったとき脳梗塞で倒れてからは人が変わったように狂暴になり
私はとても怖い思いをした。

亡くなるまでの15年間は私も大変だったけど、
夫はそういう状態でしか生きられない人間として生きていた。
何もできない状態での十数年は若い時の夫の姿とは全く別の人間のようで年老いた人のように見えた。


そのようにならなくても、人は必ず老いて何もできなくなる時が来る。
今私の周りの人達はその時期が来たらどのような形で生活したら良いか考えているようだ。

子供が同居もしくは邸内にいてくれたら年老いて弱ってもあるがままを受け入れれば良いが
独り暮らしではどのように老いた生活をしていけばいいのかまだわからない。

樹だって若い苗から成木に育ち人の目を楽しませてくれるが
いつかは朽ちてしまう。

生命体として考えれば人間だけでなくその経過は同じだと言えよう。
人間より樹木のほうがはるかに長寿だから尊厳の対象だと思う。
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